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喜多直毅


ヴァイオリン&ピアノ・デュオの新境地。

「喜多直毅+黒田京子」のニューアルバム

『空に吸はれし心』 発売!!


喜多直毅「interview」



---●まずは喜多さんのこれまでの略歴をお願いします。

僕は8歳頃からヴァイオリンを習い始めました。親に強制的に習わされたのではなく。自分からヴァイオリンを弾きたくて始めました。

8歳と言う年齢で習い始めるのは、ヴァイオリニストとしては遅い方かも知れません。クラシック音楽の演奏家の場合、二歳とか三歳から英才教育を受けるんですよ。それに比べたら僕は習い始めから既にクラシック音楽家への道は閉ざされていたのかも(笑)。

小学生時代は本当に嫌な子供でしたね。イジメとかは無かったですけど、気に入らないヤツのちょっとした悪事を直ぐ担任教師にチクったりとか。で、そんなヤツなのにクラス委員をしたり、児童会で役員をやってみたり。とても裏表のある人間でした。

それと「ウチでは世界中のカブトムシを飼育している」と嘘をついたりしていました。当時小学生男子の間ではカブトが流行っていて、カッコいい個体を持っているとクラスで尊敬を集められたんですよ。で、僕の嘘を本気にしたヤツが本当に外国のカブトがいるか確かめに来たりして、マジで焦りました(笑)。

でも確かめに来て、ウチのお婆ちゃんとかにそいつが追い払われているのを電柱の影から見て、『馬鹿だな〜』と嘲笑ったりしていました。

中学生&高校生時代はヴァイオリンを弾き続けながらも、色々な音楽を聴いていました。ヨーロッパのポップスや民族音楽、アルゼンチン・タンゴ、日本の70年代フォークやロック等。僕は岩手県の田舎に住んでいたのですが毎月一回東京にヴァイオリンのレッスンを受けに行く機会があり、その時に都内のCDストアを廻って様々な音源に触れました。あの頃が一番CDを聴いていたかも知れません。

当時、クラスの友達に僕の好きな音楽をダビングしたカセットを聴いて貰ったりしていたのですが、皆一様に「暗い」とか言って相手にしてくれませんでした。そう言えば東京でのレッスンの行き帰りの新幹線の車中、煙草を吸ったりワンカップ大関を飲んだりしていました、高校生の分際で。あの頃の修行で、今とても酒に強いのかも知れません。

音大生として東京に住む様になってからは、ある意味『悩める季節』でした。音大に入学してから『自分はクラシックを弾くのがそれ程好きではない!』と言う事が段々分かって来ちゃってかなり焦りました。音大で教えてくれるのはクラシック音楽ばかりだから。そんなに嫌なら自主退学すれば良かったんですけどね…(笑)。

何だかズルズルと在籍して…、結局5年通って、親に迷惑をかけました。多分ヒトサマが書いた音楽をインタープリターとして演奏するのがストレスだったのかも知れません。所謂“大作曲家”が書いたメロディーでも、『何故この音の次にこの音?』『自分だったらこんなフレーズにするのに』と、生意気にも思ったりしていました。今考えるとかなり傲慢で不遜な態度です…。

でもその頃の友人がとっても音楽に詳しいヤツで、様々なCDを聴かせてくれて。その中にアルゼンチン・タンゴがありました。僕は『泣き虫音楽』が好きで、音楽の何処かに“悲壮感”みたいなものがないとピンと来ないのですが、タンゴは正に僕にピッタリの音楽でした。いつかこの音楽を自分も演奏してみたいと思い、プロのタンゴ楽団のリハーサルに参加させて貰ったり、コンサートのお手伝いに行ったりする様になりました。

それと同時に作曲や編曲、即興演奏に対する興味が増して、自分でも少しずつオリジナル曲を書いたりしていました。人前で演奏するしないは別として。 英国のLiverpool Institute for the Performing Artsに留学したのは、そう言った作曲・編曲に対する向学心からだったかな。

それとカリキュラムとして他のコース(デザイン、ダンス、演劇)の学生と年に二回コラボレーションをすると言うのがあって、当時の僕にはとても魅力的な学校でした。音楽だけではない“総合芸術”みたいなものへの憧れもあって…。何回かそう言った学生同士のコラボレーションで音楽監督を務めたりもしました。今振り返れば“音楽監督ゴッコ”みたいなものだったかも知れないけど、ある意味、そうした体験は今の自分の肥やしになっていると思います。

作曲を教えてくれたIan Gardiner氏は英国の新進気鋭の作家さんで、色々な事を学ぶ事が出来ました。とても厳しい先生だったけど、彼のクラスで得るものは多かったです。そのIanのお陰で、彼と懇意だった王立リヴァプール交響楽団のメンバーに僕の曲を演奏して貰う事が出来ました。とっても嬉しかったです。

英国の学校を卒業した後はまっすぐ日本に帰ろうかとも思いました。でもやっぱりどうしてもタンゴの本場に行ってみたくて、結局四ヶ月間、ブエノスアイレスに滞在しました。向こうで僕は言葉もろくに話せない状態だったのですが、現地の大学に留学していた日本人女性(スペイン語ペラペラ)があれこれ協力してくれて、長年憧れていたタンゴ・ヴァイオリン奏者のFernanndo Suarez Paz氏にレッスンを受ける事が出来ました。

実際、僕は英国では作編曲に没頭していて殆どヴァイオリンを弾いていなかったので、氏のレッスンはかなりキツかったです…。長く楽器に触れていなかったせいで、兎に角指は回らないしヴィブラートもかけられない…。そんな『身体がヴァイオリンを忘れている』状態でした。 それを挽回したくって、一日中弾きまくっていました。隣近所には迷惑だったろうけど(笑)。

ひょっとしたら今までの人生であの頃が一番練習していた時期かも知れません。下宿先の友達(音楽的には素人)の前で演奏して、「このヴィブラート、変じゃない?」「音程悪い?」とか聞いたりしていました(笑)。

でも彼のレッスンではヴァイオリンの奏法技術よりも、兎に角自分独自のフレーズ感を作る事を叩き込まれました。自分がどんな人間で、どんな風に生きて来たか…、其処から滲み出したものをヴァイオリンに乗せて訴えろ!って事をしつこく言われました。 あの頃、彼に言われた事は今でも自分の宝になっていると思います。駄目駄目な弟子だったけど(笑)。

で、ブエノスアイレスから東京に戻り、暫くはタンゴ・ヴァイオリン奏者を標榜していました。でも活動を続けているうち、『自分にとってのタンゴとは何か?』と言う問いかけが、次第に『自分にとっての音楽とは何か?』に変わって来ちゃったんですよ。もっと問いかけが広範囲になったと言うか…。ブエノスアイレスに生活して、ちょっとレッスン受けたくらいで“タンゴ・ヴァイオリン奏者”と名乗っている自分がとっても恥ずかしくなったんです。○○ヴァイオリンじゃなくて、自分にとってもっと大事な事があるだろうと…。

スアレス・パスに言われた事は勿論大切なんだけど、それ以前に自分の中に鳴っている音に耳を済まさなければ何も始まらんなと思う様になりました。確かにタンゴは大好きな音楽ではあるけれど、そのもっと上流(川に例えるのなら)にある音楽を探し当てなきゃならんな、と…。 そう思う様になったのは、ピアニストの黒田京子さんやヴァイオリンストの太田恵資さんとの出会いが切っ掛けでした。

僕はアルゼンチン・タンゴの手法は学んで来た積もりでいるけれど、正直、自分自身の中にどんな音楽があるかって事は十分に掘り下げずにいた様な気がして。表層的に「タンゴ、好き!」「タンゴ、素敵ね!」ってのはやっぱり駄目だと思う。

音楽が演奏者その人そのものであるならば、演奏者は自分自身にもっと向き合う必要があると思います。色々考えた末、“自分”として生まれたこの身体には何か表現すべき血が流れているんだと思うんですよ。それをこれからはもっと敏感に感じて、表現して行きたいと思います。自分自身に向き合うって言葉では簡単ですが、なかなかキツい(笑)、嫌な自分も見なきゃいけないから。

だから今やっている音楽は一般的に言うタンゴじゃないかも知れない(笑)。外形がどうあっても中身は喜多直毅です。でもタンゴ的センティール(感覚)は大事にしつつ、後は思う様に弾くしか無いですね。


---●それでは新作について色々とお話を伺いと思います。よろしくお願いします。まずは『空に吸はれし心』は黒田京子さんとのデュオ作品ですが、二人でアルバムを作り始めるキッカケや 経緯を教えて下さい。

黒田さんとは6年程前に大泉学園のin Fと言うお店の紹 介で知り合いました。それ以降、都内のジャズクラブを中心に二人 で良く演奏する様になって、僕の前作“Viohazard”のレコー ディングにも参加して頂きました。前作以降、二人で演奏する機会が更に増え、益々息も会って来た所、プロデューサーの徳永氏の呼びかけで二人のCDを作ろうと言う事になりました。

僕はミュージシャン仲間と言うか、一緒にライヴが出来る知り合いがとても少ないんです。で、それは黒田京子さんのせいなんですよ (笑)。僕の曲を演奏する場合、黒田さんと一緒にやっていると、他の音楽家と演奏する必要性を全く感じないのですよ。もう『全て分かってらっしゃる!』って感じ。それは絶大な信頼感があっての事なのですが、そう言う関係性も今回のアルバムには音として録音されているのではないかと思います。


---●では、アルバムのコンセプトを教えて下さい

今回のコンセプトは『ふるさと』です。それはただ単に黒田さんと僕の出身地を描くと言う事ではなく、お互いの“血の様なもの”をCDとして残す、みたいな事です…。場所としてのふるさとではなく、自分自身を見つめた結果現れて来たものを『ふるさと』として表現してみたいと思いました。それが聴いてくれる方それぞれの『ふるさと』にも繋がると良いなと思います。

で…、自分にとって『ふるさと』と言って思い出すのが石川啄木でした。僕の故郷(岩手県)出身の歌人と言うこともあり、もともと彼の歌は子供の頃から刷り込まれていました。地元のいたる所に歌碑があったりするので。写真を見ると啄木って一見優男風ですが、彼の伝記を読むと結構破天荒で無頼な男だったんですよね。

高校時代から繰り返し読んだ『一握の砂』『悲しき玩具』ですが、 彼の中には思う様に生きられない悲しみと不甲斐ない自分への憤り、諦め、それで尚抱かずにはいられない人生への希望がいつもあったんじゃないかと感じます。恐らく一首一首、血を流す様に言葉を編んでいたのではないかと思うんです。それでいて只センチメンタリズムに走るのではなく、言葉の選びが非常に斬新ですし行間には常に緊張感があります。

僭越ですが彼が短歌を通して言わんとした事が今の僕の方向性に近い気がするし、天才歌人への憧れと言う意味もあって、アルバムタイトルを今回のものにさせて頂きました。それと心が空に吸われるって、やっぱり良いイメージじゃないですか(笑)。このアルバムは黒田さんや僕にとっての『ふるさと』を描くものでありつつ、一方では石川啄木へのオマージュなのだとも思っています。


---●黒田さんのピアノのプレイについて話せる事がありましたら、お願いします。

僕は多分黒田さんに育てて頂いたんじゃないかなと思っています。こんな事言うと黒田さんは「あたしゃ、アンタなんか育ててないわよ!」って言うかも知れません(笑)。でも僕は一方的にそう思っています…。黒田さんはいつも僕の“斜め上”を行く人です。僕がモヤモヤと表現し切れずにいる事を、スパッと鮮やかに描いて見せるんですよ、思いもよらない方法で!音楽家としてのテクニックとか表現力が素晴らしいのは勿論ですけど、黒田さんは相当自分自身を耕していらっしゃるんだと思います。僕はそんな黒田さんをとても尊敬していて、一緒にプレイして下さる事にとても感謝しています。

---●今作はホールで録音されたという事ですが、録音のコンセプト等がありましたら、教えて下さい。

実は僕自身、今までホールで録音した経験がありませんでした。いつもスタジオのブースの中に籠って弾く事が多いので、今回の録音の様に客席に誰もいない広いホールで演奏出来るのはとても気持ち良かったです!「このホール全てが俺のものだ!」って感じで贅沢な気分を味わいました。録音のコンセプトは『響きの良い場所で、空気感を大事に』って事かな。 ヴァイオリンとピアノのデュオのCDって数え切れない程出回っていると思うのですが、そんな中でも非常に良い録音だと思います。手前味噌で恐縮ですが…。録音に携わって頂いた凄腕の技術者の皆さんには本当に感謝しています。

---●ヴァイオリンで参加しているSalleGaveau(サル・ガヴォ)でヨーロッパツアーに行かれたそうですが、どんな様子だったのでしょうか

ヨーロッパでのサル・ガヴォの受けは非常に良かったです。ヨーロッパ5カ国(ドイツ、オランダ、フランス、オーストリア、イタリア)を回ったのですが、それぞれの会場でCDも良く売れ、ライヴも大変盛り上がりました。僕個人では、特にアムステルダムのジャズクラブ“Bim Huis”ではとても気持ち良く演奏出来、またお客さんの反応も温かかったです。

ただ曲によってラテン系に受ける曲、ゲルマン系に受ける曲の差はあったように思います。だからと言って演奏するプログラムは殆ど毎晩変えなかったのですが…。でも国民性ってあるんだなぁと思いました。僕としては学生時代を過ごした英国に行きたいのですが、なかなかチャンスが無いですね(笑)。鬼怒さんのギターなんか、向こうの人はとっても好きになると思うのですが…。


---●ミュージシャン喜多直毅は現在、タンゴからジャズの方へ軸足を移している様にみえますが、ご本人としてはどのような意識で現在音楽と向き合っているのでしょうか?

今は特に様々なジャンルを股にかけている意識はありません。自分が果たして“ジャズ”なのかって言うと、かなり疑問ですし…。数年前まではそう言う意識もあったのですが、それを思い出すとちょっと恥ずかしくなります。繰り返しになるかもしれませんが、演奏家であれば誰もが『自分にしか出来ない音楽がやりたい!』と思うんじゃないかな。僕もやっぱりそうなのですが、自分がどの括りにいるのかって事は余り重要な事では無いと思うんですね。今は兎に角自分の出したい音に拘って行きたいと思っています。

■ 喜多直毅+黒田京子ニューアルバム「空に吸はれし心」

タンゴ・ヴァイオリニストとしての傑出した評価に甘んじることなく、アラブ音楽、ジャズ、オリジナルへと大きく活動の幅を広げ、その超人的かつ変幻自在な演奏でシーンに強烈なインパクトを与え続ける喜多直毅。

1980年代後半からジャズおよび即興演奏のフィールドで先鋭的な活動を繰り広げてきたピアニスト黒田京子。

出会うべくして出会った二人の異才が切り拓く、ヴァイオリン&ピアノ・デュオの新境地。話題のプログレ・タンゴバンド「Salle Gaveau」のレパートリー『黒いカマキリ Una Santateresa Negra』のデュオ・ヴァージョンを始めとするオリジナル曲に加え、ルグラン、マンシーニ、武満らによる珠玉の名曲を収録。


・プロフィール
■喜多直毅

1972年盛岡市出身。国立音楽大学卒業後、LIPAに留学し作編曲を学ぶ。 卒業後アルゼンチンへ渡り、ピアソラの重要なパートナーであったF.スアレス・パスにタンゴ奏法を師事。帰国後はタンゴバンド『The Tangophobics』を主宰し2002年に“Tangophobia”をリリース。平行してジャズ、ポップス、即興音楽、アラブ音楽等を横断する活動を行う。2004年には小松亮太のツアーおよCD“Tangologue”の録音に参加。最近では鬼怒無月の『SALLE GAVEAU』や、翠川敬基の『緑化計画』等に参加。ソロアルバムとしては“HYPERTANGO”、“HYPERTANGO II”、“VIOHAZARD"をこれまでにリリース。


■黒田京子

東京都府中市生まれ。 80年代後半、自ら主宰したワークショップ『オルト』では、ブレヒト・ソングを素材に、ジャズだけでなく、演劇やエレクトロニクスの音楽家たちと脱ジャンル的な場作りを行う。90年以降、坂田明などのバンドメンバーや、演劇や朗読の音楽を長期に渡って務める他、無声映画への音楽提供、ジャズ講座の講師を担当。00年には『オルトペラ・アンサンブル』による音楽劇の公演を行う。 04年からは太田惠資と翠川敬基とのピアノ・トリオの活動を始め、08年秋には2作目のCD『ホルトノキ』を発表する。06年「オルト・ミュージック」を立ち上げ、ピアニストを軸としたデュオコンサート「くりくら音楽会」などの企画も手掛ける。


内海利勝ニューアルバム「Stamp of Dreams」 ■ 空に吸はれし心
■ 喜多直毅+黒田京子
■発売日 2008年11月11日
■発売元 AIRPLANE LABEL
■商品番号 APX1004
■価格 2,520(税込)

□ AIRPLANELABEL
http://www.airplanelabel.com/

□ 喜多直毅
http://www.naokikita.net/

□ 黒田京子
http://www2u.biglobe.ne.jp/~kkyoko/



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